きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
現代語訳
こおろぎのなく、霜の降りた寒い夜に、むしろの上に衣の袖を片方だけ敷いてひとりで寝るのであろうか。
所載歌集
新古今集 秋下 518

本歌に加えるものは

夜、相手の訪れがあるとふたりの衣の袖を重ねて寝る。「かたしき」は片方だけ、つまりひとり分の袖だけで寝ること。訪れのなかったことを意味する。古今集の恋歌「さむしろに衣かたしき今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫(寒いむしろの上に衣の袖を片方だけ敷いて今夜も私を待っているのであろうか、宇治の橋姫は)」を踏まえる。末句を3「あしびきの」と同じにすることで、秋の夜長、ひとり寝のわびしさを印象づける。ところがこれは季節の歌。古歌二首の世界に、こおろぎの哀愁を帯びた鳴き声という聴覚の世界と、霜というすぐ目に浮かぶ夜寒を象徴する視覚の世界を加える。晩秋の荒涼とした情景を具体的になまなましくうたいあげつつ、背後に恋の思いを色濃く漂わせる。

作者・藤原良経は76忠通の孫。早くから和歌の才を発揮し、20歳のときに成立した千載集に既に7首も採られている。その後も「六百番歌合」を主催し、新古今集の仮名序を書くなど存在感を発揮する。

新古今集は良経の歌で始まる。将来を期待される中、1206年に38歳で急逝。叔父の95慈円は『愚管抄』に「やうもなく寝死にせられにけり。天下のおどろきは言ふばかりなし。院限りなく嘆きおぼしめしけれど言ふかひなし」と記す。前の日に床に就いたままの永眠で、後鳥羽院の嘆きはこの上なかったという。

〈暁星高等学校教諭 青木太朗〉

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