一日一首
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歌人
謙徳公
歌
あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
現代語訳
「ああ、かわいそうに」と言ってくれそうな人はほかに思い浮かばず、このまま我が身はきっと死んでしまうのだろうなあ。
出典
拾遺集 恋五 950
決まり字
あはれ(読み方: あわれ)
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ
春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋はかなしき
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
我がいほは都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり
花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟
天つ風雲のかよひぢ吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ
筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞつもりて淵となりぬる
みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにし我ならなくに
君がため春の野に出でて若菜つむ我が衣手に雪は降りつつ
たち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かばいま帰りこむ
ちはやぶる神代も聞かず龍田川からくれなゐに水くくるとは
住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ
難波潟みじかき葦のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや
わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ
今来むといひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
月見れば千々にものこそかなしけれ我が身ひとつの秋にはあらねど
このたびは幣もとりあへず手向山もみぢの錦神のまにまに
なにしおはば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな
小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ
みかの原わきて流るるいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ
山里は冬ぞさびしさまさりける人目も草もかれぬと思へば
心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花
有明のつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし
朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬもみぢなりけり
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ
白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
忘らるる身をば思はずちかひてし人の命の惜しくもあるかな
浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき
しのぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人のとふまで
恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
あひみての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
逢ふことのたえてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
由良のとを渡る舟人梶を絶え行方も知らぬ恋の道かな
八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり
風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けて物を思ふころかな
みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼は消えつつ物をこそ思へ
君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな
かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆる思ひを
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな
嘆きつつひとりぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかはしる
忘れじの行末までは難ければ今日を限りの命ともがな
滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびのあふこともがな
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな
有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
やすらはで寝なましものを小夜ふけてかたぶくまでの月を見しかな
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな
夜をこめて鳥の空音ははかるともよに逢坂の関はゆるさじ
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言うよしもがな
朝ぼらけ宇治の川霧絶えだえにあらはれわたる瀬々の網代木
うらみわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川の錦なりけり
さびしさに宿を立ち出でてながむればいづこも同じ秋の夕暮
夕されば門田の稲葉おとづれて蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ
高砂の尾上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
憂かりける人を初瀬の山おろしはげしかれとは祈らぬものを
契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり
わたの原漕ぎ出でて見れば久方の雲居にまがふ沖つ白波
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に幾夜寝覚めぬ須磨の関守
秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ
長からむ心もしらず黒髪のみだれて今朝は物をこそ思へ
ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる
思ひわびさても命はあるものを憂きにたへぬは涙なりけり
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
ながらへばまたこのごろやしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
夜もすがら物思ふころは明けやらで閨のひまさへつれなかりけり
嘆けとて月やは物を思はするかこち顔なる我が涙かな
村雨の露もまだひぬ真木の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮
難波江の蘆のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき
玉のをよたえなばたえねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
我が袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし
世の中は常にもがもな渚漕ぐ海人の小舟の綱手かなしも
み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣に墨染の袖
花さそふあらしの庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり